• [0]
  • プロレスのタイトル(ベルト)を考察するスレ

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2013年 4月 7日(日)23時16分0秒
 
 様々に存在するプロレスの王座について考えるスレッドです。

 タイトルというだけでなく、ベルトのデザインとかも含めて、様々な点からお願いします。

投稿者
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*内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
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sage

  • [182]
  • Re: IWA世界タッグ選手権

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2019年 7月27日(土)16時04分56秒
  • 返信
 
>>35

> ただ新日と国際との対抗戦でヤマハ(新日マットで格的に井上や浜口あたりと比較的吊り合いそうな期待の長州、木戸組を一蹴する実力を見せていただけに)はまだしも前座レスラーの永源をタイトルマッチに送り込むとは国際に対して失礼な話ではありますね。

ヤマハが取った時には永源も乗り込んでいたんですが、その時は寺西に負けてたんですよね。

後には決定戦で当たる二人なわけですが。

  • [181]
  • Re: 地味ながら米国のマスクマンが!?

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 7月 7日(土)23時27分9秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>131

> > …昭和48年(1973)の国際新春パイオニアシリーズにエース格で参加した『ザ・プロフェッショナル』(ダグ・ギルバート)は地味ながらアメリカマット界ではとしてポピュラーなマスクマンだったと思います!

後には新日本のリングでアンドレと北米タッグにも挑戦でしたね。

これもまた忘れられない事績と。

https://8246.teacup.com/freeres/bbs/8999


  • [180]
  • Re: オールアジアヘビー級選手権

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 3月22日(木)23時16分8秒
  • 返信
 
>>92

> 33年ぶりに復活させても問題無いのでは

遂に四十年ぶりの日本での防衛戦が実現!

正式には「全日本」の管理ではないというのも伝統か。

  • [179]
  • Re: 何とか復帰!

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 2月20日(火)20時49分38秒
  • 返信
 
>>178

> 何かの本で読みましたけど、カブキが長州に「攻めてばかりで強そうに見せているけど、負けて勝つのが一番強く見えるんだよ」と言ったそうですね。

長州の魅力は怒涛の攻めにあるだけに、タイプ的に受けが似合わない感じですね。

皮肉にも「負けても強い」イメージをアピールできたのは、むしろ藤原の方かもですが。

  • [178]
  • 何とか復帰!

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 2月19日(月)21時40分3秒
  • 返信
 
こんにちは♪
風邪ですが、一時治りかけましたが、またぶり返しました。
まあ大分良くなって来たので、再開したいと思います。
JINさんも、風邪やインフルエンザには気を付けましょう(^_-)b

え~と、何でしたっけ?(^^;)
猪木や藤波は、日本プロレスを受け継いでますが、長州やその他は・・・以下略。
猪木自身が力道山の後継者と言うのは、まあ分かりますが、一番かどうかはどうなんでしょう。

以前あるサイトで「長州は、ブロディにコテンパンにやられた」と書きましたら、「アマレスをすれば、ブロディは長州に勝てないだろう」と、新日本ファンの方が反論されてました。
JINさんは、この方の意見をどう思われますか?

何かの本で読みましたけど、カブキが長州に「攻めてばかりで強そうに見せているけど、負けて勝つのが一番強く見えるんだよ」と言ったそうですね。
まあ、“ストロングスタイル”で育ったレスラーには、理解出来なかったでしょう。
昭和のジャイアント馬場の試合が熱く感じるのは、そこに答えが有るような気がします。



  • [177]
  • Re: (無題)

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 2月11日(日)13時52分10秒
  • 返信
 
>>176

> これぞ、日本プロレスから受け継がれたアメリカンプロレスの王道で有りませんか(^_-)-☆

猪木は相撲出身を受け入れない感じながら、本人自身は力道山の感情プロレスの一番の後継者と言ってますよね。

まあそれもやはりシンという格好の相手を得られた事による感じですが。


  • [176]
  • (無題)

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 2月10日(土)17時24分19秒
  • 返信
 
こんにちは。
不覚にも風邪で寝込んでますが、何か書かなくてはと思い、ちょっとだけ書かして頂きます。

「新日本は、脱力道山(相撲)志向」との事ですね。
アントニオ猪木は、ストロングスタイルとか言ってましたけど、私に言わせれば「ホンマかいな?」ですネ。
アメリカで売れなかったタイガー・ジェット・シンを最高の悪役にしたて、やられやられて、最後に怒りを爆発させて観客を熱狂されるプロレス。
これぞ、日本プロレスから受け継がれたアメリカンプロレスの王道で有りませんか(^_-)-☆



  • [175]
  • Re: ベルトの話が、いつの間にか・・・(^^;)

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 2月 7日(水)22時07分3秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>174

> 玉砕は、究極の受け身かも知れませんね(^_-)b

「敗れてなお強し」こそが究極のアピールという感じですよね。


> 「リズムの取り方が、今では見られない独特のもの」と感じられたのは、どういう動きだったのでしょう。

バシーンとなる度に観客がウォーとなる動きといったところでしょうが、そこにある種のテンポすら感じられるくらいの。


>  入場曲を格闘技に定着させた日本テレビの功績は、とても大きなものと思います。

当時の梅垣プロデューサーの功績ですよね。

決定的だったのは、年末のオープンタッグで。


>  鍛えた肉体でぶつかり合って観客を惹き付け、最後に勝負を決める.

日本のプロレスの祖が相撲出身が力道山だったというのも、それに大きく影響しているかもですね。

それに対し脱相撲的な志向をしたのが猪木&新日本というところでしょうか。



  • [174]
  • ベルトの話が、いつの間にか・・・(^^;)

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 2月 7日(水)21時48分30秒
  • 返信
 
こんにちは♪
玉砕は、究極の受け身かも知れませんね(^_-)b

晩年のジャイアント馬場の真似をして、笑いを取る芸人がいてました。
まあ、そういう事でしか笑いの取れない三流芸人ですけど・・・。
2メートルを超す巨体でドロップキックをするのですから、見事なものです。
単にでかいだけでは、プロレス黄金期のアメリカでトップを取れませんからね。
「リズムの取り方が、今では見られない独特のもの」と感じられたのは、どういう動きだったのでしょう。

スミマセン、新日本の試合は疎いので・・・余りコメントが出来ないのですよ。
「スカイ・ハイ」で、プロレスラーの入場シーンが華やかに変わりましたね。
入場曲を格闘技に定着させた日本テレビの功績は、とても大きなものと思います。

凌ぎ合いという言葉は、とても適切ですね。
鍛えた肉体でぶつかり合って観客を惹き付け、最後に勝負を決める.
この度の「秘蔵日本プロレス!」
全ての試合が、それを体現していますね。

  • [173]
  • Re: ハンセン戦がターニングポイントだったのですね!

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 2月 6日(火)22時36分48秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>172


> 名誉の玉砕ですか・・・・・・。
> はい、JINさんの褒め言葉と解釈しておきます(^^♪

もちろん褒め言葉のつもりです。

あの時の倉持アナの「ドリーが死ぬか!?」「なんと凄い男でしょう!」の絶叫も忘れられません。

それこそセコンドのハンセンの存在すら忘れるくらいに。

その七年後のハンセンとゴディを相手にこちらも玉砕の天龍も凄かったですが。


> 大晦日の番組を見られて、色々思われたことが有ったでしょうね。
> 私は「昔は良かった」という、短絡的な懐古主義で片づけられないものを感じました。

馬場の巨体と思えぬスピード感が凄いの一言ですよね。

あとリズムの取り方が今では見られない独特の物というか。

今日と明日で再放送ですが、まだ未見の明日の方がとにかく楽しみです。


> 大技を連発しなくても、名勝負は生まれるんです。
> それは、時代など関係ないと思いますが、いかがなものでしょう。

十年ばかり前の両国の三冠戦で、健介がみのるに対して冒頭十分近くもヘッドロックを掛け続けた試合も凄かったですね。

観客もヤジを飛ばさず、緊張あふれる攻防を見せてました。


> 手拍子が起きると、観戦してて気持ちが乗りますね☆

選手の入場曲の代表となると、やはり「スカイ・ハイ」と「ドラゴン・スープレックス」ですよね。

それもやはり大ヒットの一因か。


> そう言えば以前、谷津嘉章が「新日本の試合というのはバラバラだけど、全日本に行って試合を組み立てる面白さを知った」と、インタビューで答えてました。
> 攻めていると強そうに見えますが、実は受けの凄みこそプロレスの醍醐味というのを、新日本ファンは余り理解してない様な気がします。

まさに「凌ぎ合い」なんですよね。

それが醍醐味にもつながると。

http://8246.teacup.com/freeres/bbs/8616


  • [172]
  • ハンセン戦がターニングポイントだったのですね!

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 2月 6日(火)21時53分13秒
  • 返信
 
こんにちは♪

名誉の玉砕ですか・・・・・・。
はい、JINさんの褒め言葉と解釈しておきます(^^♪

大晦日の番組を見られて、色々思われたことが有ったでしょうね。
私は「昔は良かった」という、短絡的な懐古主義で片づけられないものを感じました。

例えば、ジャイアント馬場VSブルーノ・サンマルチノとの試合。
ベアハッグと脳天チョップの攻防だけで、最後まで観客を惹きつけていました。
数年前、東京ドームの大観衆を熱狂させた小橋健太と佐々木健介戦に通じるものが有ります。
大技を連発しなくても、名勝負は生まれるんです。
それは、時代など関係ないと思いますが、いかがなものでしょう。

手拍子が起きると、観戦してて気持ちが乗りますね☆
レスラーも、きっと喜んでいたでしょう。
立会い人に谷津嘉章とは、中々憎い人選です(^_-)
SWSのいきさつを知らない観客も、結構いてたかも知れませんね。

そう言えば以前、谷津嘉章が「新日本の試合というのはバラバラだけど、全日本に行って試合を組み立てる面白さを知った」と、インタビューで答えてました。
攻めていると強そうに見えますが、実は受けの凄みこそプロレスの醍醐味というのを、新日本ファンは余り理解してない様な気がします。

  • [171]
  • Re: そうなんですか(^_-)b

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 2月 6日(火)00時18分44秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>170

> 全盛期を過ぎたドリー・ファンク・ジュニアが吹っ飛ばされたシーンは、私には複雑ですが、JINさんがインパクトを受けられて、全日本プロレスに興味を持たれたきっかけという事ですから、それはそれで良かったかなと思います。

その後の最強タッグで、テリーがハンセンのラリアットで場外KOの後、ドリーが必死の孤軍奮闘をやったのも感動でしたね。

結局はブロディにフォールでしたが、まさに名誉の玉砕でした。


> もしかしたらJINさんは、あの試合で全盛時代のジャイアント馬場に関心を持たれたのではないかと推測します。

大晦日の中継で全盛期の馬場を見ましたが、とにかく一発見舞う度に観客がドーッと沸くのが特徴ですよね。

そしてそれが蘇ったのがハンセン戦だと。


> 横浜文化体育館って、集客が難しいって聞きますね。

全日本が文体を積極的に使うようになったのは、ブッチャーvsテリーのUN戦から見たいですね。

とにかくその時は凄い入りだったみたいですが。


> 当日は盛り上がりましたか?

メインスレでも書きましたが、開始時に「日本テレビスポーツテーマ」が流れ手拍子が起きたのには感動しました。

とにかく良い雰囲気だったのは確かです。


> 実は、1月3日の後楽園ホールのテレビ放映を4試合程見ました。

自分も見ましたが、メインの世界タッグの立会人で、実にSWS移籍以来の谷津が来ていたのには驚きました。

それこそ現社長の秋山が入団する前の事だっただけに。

  • [170]
  • そうなんですか(^_-)b

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 2月 5日(月)20時55分54秒
  • 返信
 
こんにちは~♪

本格的なプロレスファンになるまでのいきさつ、ありがとうございました。
谷津のデビュー戦は、かなり酷い目に遭ったらしいですね。
それが、テレビ特番用の新日本流なのでしょうか。

全盛期を過ぎたドリー・ファンク・ジュニアが吹っ飛ばされたシーンは、私には複雑ですが、JINさんがインパクトを受けられて、全日本プロレスに興味を持たれたきっかけという事ですから、それはそれで良かったかなと思います。
ジャイアント馬場VSスタン・ハンセンの試合ですが、あの東京都体育館の観客席にいたら、血沸き肉躍る感覚を体験出来たでしょうね。
試合開始前から、大観衆が興奮していましたから。

もしかしたらJINさんは、あの試合で全盛時代のジャイアント馬場に関心を持たれたのではないかと推測します。
それが昭和プロレスへの興味と繋がった部分も有るのではと・・・。

横浜文化体育館って、集客が難しいって聞きますね。
当日は盛り上がりましたか?

実は、1月3日の後楽園ホールのテレビ放映を4試合程見ました。
以前少し見て「若くて良いレスラーだね」と感じた大日本プロレスの野村卓也が出ると有ったので見た次第です。
出て来た野村を見たら「ん?風貌が変わったな?まあ若いから成長も早いよね」と思っていたのですが、どうも違う。
それでネットで調べたら、全くの別人!
全日本が野村直也、大日本が野村卓也、でも誕生日は一緒☆←まあ、それはどうでも良いですが。
それほど私は、現在のプロレスには浦島太郎状態なんです。

  • [169]
  • Re: お訊ねします☆

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 2月 4日(日)22時58分3秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>168

> 私の話ばかりですので、よろしくお願い致します。

失礼いたしました。

自分はいわゆる「初代タイガーマスク世代」で、一番最初に本格的にテレビで見た記憶は、水曜スペシャルでの「猪木&谷津vsハンセン&ブッチャー」。

それがいつしか全日本ファンに定着していった感じですが、それにはまず同時期のドリーvsブロディのインター争奪が大きかった感じ。

(スピニングトーホールドを掛けているドリーがブロディのキックに蹴っ飛ばされる場面がとにかく強烈だった印象。)

そしてそれが決定的になったのは、今日でちょうど三十六年になる馬場vsハンセンの歴史的一戦。

それ以降はもっぱら感覚的に一番しっくり来る全日本を主体に会場にも見に行っている次第ですか。

最新は昨日の横浜文体大会でしたが。

http://8246.teacup.com/freeres/bbs/27


  • [168]
  • お訊ねします☆

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 2月 4日(日)21時30分7秒
  • 返信
 
こんにちは♪

JINさんは、プロレスを好きになられて長いのですか。
何故、過去の昭和プロレスに興味を持てれたるのですか。
現在のプロレスも、生観戦かテレビ観戦をされているのでしょうか。

私の話ばかりですので、よろしくお願い致します。


  • [167]
  • Re: 遥かなる思い出・・・

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 2月 4日(日)00時13分46秒
  • 返信
 
>>166

> 私が観戦したのは、第12回ワールド大リーグです。
> ザ・コンビクトが来たシリーズですね。

凄いですね!

記録によれば第12回での大阪府立は二連戦で、初日は猪木vsマルコフと坂口vsコンビクト、二日目は馬場vsジョナサンと坂口vsサベージだったみたいですが、どちらに行かれましたでしょうか?


まあこんな感じで構いませんので、どうかこれからもよろしくお願いいたします。

  • [166]
  • 遥かなる思い出・・・

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 2月 3日(土)23時44分34秒
  • 返信
 
こんにちは♪

本当に数十年前の事ですので、試合に関しての記述が難しいかと思います。
ゴング誌やプロレス&ボクシング誌も処分してしまったので、記憶の確認も出来ないのです(+_+)b
(私は、読んでしまうと殆ど処分してしまいます・・・プロレス以外の本も購入するので置き場所が無い)

私が観戦したのは、第12回ワールド大リーグです。
ザ・コンビクトが来たシリーズですね。
A・猪木がG・馬場に挑戦表明をした第13回は見に行ってません。

あの件に関して、私の考えとしては、馬場越えが出来ない猪木の巧妙な策略と思います。
ファンや関係者も含めて、寝技に持ち込んで猪木が勝つだろうとコメントしてますね。
果たして、問題なく簡単に寝技に持ち込めるのか?
全米の強豪相手に死闘を繰り広げた馬場が、本気で受けたら?
二軍とは言え、人材豊富な巨人軍で好成績を収めた身体能力を軽く見てないでしょうか。
あらら、また話が横道に逸れてしまいましたね(^^;)

ジョニー・バレンタインとのインターナショナル選手権も観戦していません。
バレンタインって、日本じゃ受けない(客を呼べない)レスラーだと思います。

当時の坂口征二は、東京スポーツ(大阪スポーツ)の一面に良く載っていて本当に輝いていました。
もし全日本に行っていたら、全米のトップレスラーと戦って活躍したかも知れませんね☆




  • [165]
  • Re: 近くのインター、遠くのアジア・・・

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 2月 3日(土)00時35分7秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>164

> ただ、吉村道明のファイトは大阪の気質に合うのか、彼の試合はいつも盛り上がりました☆

アジアタッグ以外の大阪府立での吉村の試合となると、あくまで記録からですが、ロイヤルとのシングルが目を引きました。

当日のホッジと松岡のNWA世界ジュニア戦との比較も気になるところですが。

大阪でのリーグ決勝となると、問題の第13回ワールド大リーグもありましたが、こちらも行かれましたでしょうか。

(あと「馬場最後のインター防衛戦」である、バレンタイン戦とかも)


> ですが、記憶が薄くて期待に沿うコメントを書くことが出来ませんので、お許し下さい。

メインスレをはじめ、生観戦でもテレビでも、あくまで見覚えがあるような試合の記事に軽く一言くらいのコメントで結構ですので、どうかよろしくお願いいたします。

とにかくこちらは全くの未経験なだけに、その一言がまさに「千金」に値するくらいですので。


> 話は変わりますが、宝島社から発売されている「告白」という書籍、もう読まれましたか?

まだ見てませんが、試してみたいと思います。

どうかこれからもよろしくお願いいたします!

http://8246.teacup.com/freeres/bbs/602


  • [164]
  • 近くのインター、遠くのアジア・・・

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 2月 2日(金)13時41分34秒
  • 返信
 
こんにちは♪

お尋ねのアジアタッグ選手権、不思議と府立体育会館ではそれ程開催してないのですよ。
東京や地方の方が多かったと思います。
ですから、残念ながら観戦した事がありませんm(_ _)m
ただ、吉村道明のファイトは大阪の気質に合うのか、彼の試合はいつも盛り上がりました☆

観戦記に対してのJINさんの心遣い、痛み入ります。
ですが、記憶が薄くて期待に沿うコメントを書くことが出来ませんので、お許し下さい。

話は変わりますが、宝島社から発売されている「告白」という書籍、もう読まれましたか?
タイトルと違って嫌な暴露本ではなく、とても読み応えのある内容ですね。

  • [163]
  • Re: 遠い昔の事などで・・・

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 2月 2日(金)00時51分45秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>162

> それと、大木金太郎&坂口征二組VSジン・キニスキー&ボボ・ブラジル組のインターナショナルタッグ選手権も観戦しました。

凄いですね! 蔵前の初戦と共に「自分が映像で見たい試合」のベストワンです!

そういえば「マスカラス唯一のアジアタッグ挑戦」も大阪でしたか。

(マニアとしてはまさに垂涎の「吉村のアジアタッグ戦」についてはどれだけ見られましたでしょうか?)


> どうしましょうか、おぼろげな観戦記など書いても、ネットで調べたら詳しい記事が見つかると思いますし・・・。

とんでもない!

今までにお伺いしたような内容だけでも十分な感触が伝わってまいります!

観戦歴スレも一応上げてみましたので、よろしければこちらにでもお願いしたします。


http://8246.teacup.com/freeres/bbs/967


  • [162]
  • 遠い昔の事などで・・・

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 2月 1日(木)20時11分43秒
  • 返信
 
こんにちは♪

ジョニー・バレンタイン&キラー・カール・クラップ組VS大木金太郎&坂口征二組のインターナショナルタッグ選手権は、見に行ってません。
ジャイアント馬場VSジン・キニスキー戦は、チケットを購入してたのですが、私が足を骨折したので無念にも行けませんでした←キラー・コワルスキーの二―ドロップを食らった訳ではありません(^^;)
坂口征二VSザ・シークは観戦しましたよ。
それと、大木金太郎&坂口征二組VSジン・キニスキー&ボボ・ブラジル組のインターナショナルタッグ選手権も観戦しました。

どうしましょうか、おぼろげな観戦記など書いても、ネットで調べたら詳しい記事が見つかると思いますし・・・。
当時、ジャイアント馬場が出たテレビ番組の事を書かせて頂きますね。

“真空飛び膝蹴り”で一世を風靡した、沢村忠というキックボクサーと共演した事があります。
番組のコーナーで、それぞれの得意技でスイカを割るというのがありました。
テーブルに置かれたスイカを、沢村は回し蹴りで割り、次に馬場はチョップを上からスイカにちょこんと当てたら、砂浜のスイカ割りの如くバラバラになったのです。
私は、当時サンマルチノが「脳天チョップを禁じ手にすべきだ」と訴えていたのを、そのシーンを見て納得しましたねぇ。

  • [161]
  • Re: もう、そろそろ話のストックが・・・

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 1月30日(火)23時42分0秒
  • 返信
 
>>160


> 大阪のインターナショナル選手権の続きですが、馬場さんが死にそうだったので水を掛けたら「命の恩人」みたいな事を言われたと、山本小鉄が話してましたが、佐藤昭雄は「轡田と二人でホースで水を掛けて風呂から出したら、馬場さんにお礼を言われた」と話しています。

まあ小鉄が指揮して二人に水を掛けさせたと解釈も出来そうですね。

とにかく馬場と小鉄は個人的には悪くなかったそうですが。


> D・F・ジュニアもヘトヘトになったそうですが、二人共脱水症状で死ななかったのが本当に不思議です。

自分がこの試合について初めて知ったのは、月刊プロレスの思い出の名勝負話のドリーの回ですね。


> ジャイアント馬場&アントニオ猪木VSディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキー組による、インターナショナルタッグ選手権を見に行きました。

凄いですね! あのBI砲の奪還試合ですか!

そういえば「大阪での王座移動」となれば、キニスキーが馬場からインターを奪ったり、坂口がUNをシークから奪還したり、バレンタイン&クラップが大木&坂口からインタータッグを奪ったりというのもあったわけですが、そちらは見られていますか?

http://8246.teacup.com/freeres/bbs/965


  • [160]
  • もう、そろそろ話のストックが・・・

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 1月30日(火)20時49分40秒
  • 返信
 
こんにちは~♪

日本プロレス時代の貴重な経験と書いて頂きましたが、遠い昔の事ですので怪しげな記憶ですよ(-.-)b
大阪のインターナショナル選手権の続きですが、馬場さんが死にそうだったので水を掛けたら「命の恩人」みたいな事を言われたと、山本小鉄が話してましたが、佐藤昭雄は「轡田と二人でホースで水を掛けて風呂から出したら、馬場さんにお礼を言われた」と話しています。

一体、どちらがホンマやねん!と大阪弁で突っ込みたくなりますが、またこれも昭和プロレスの良さかも知れませんネ。
D・F・ジュニアもヘトヘトになったそうですが、二人共脱水症状で死ななかったのが本当に不思議です。

正直、数十年前の試合の事は、余り覚えていません。
ですから、ネタが尽きるのは時間の問題でしょう。
よって、今回は試合以外の事を書かせてもらいます。

ジャイアント馬場&アントニオ猪木VSディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキー組による、インターナショナルタッグ選手権を見に行きました。
すると、上空から「本日、大阪府立体育会館に於いて・・・」という声が聞こえて来るでは有りませんか!?
そうなんです、セスナ機が大阪市内の上空でプロレス開催の宣伝をしていたのです。
まさに、三丁目の夕日の世界ですね☆


  • [159]
  • Re: 東京VS大阪?(^^;)

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 1月29日(月)23時12分28秒
  • 返信
 
>>158

> 段々、ベルトのテーマから遠のいて行きます・・・。

いえいえタイトルマッチの話なんですから、十分テーマに沿っていると思います。

それにしてもリアルな日プロ経験の話は実に貴重ですので、どうかメインスレッドの方でもいろいろとお聞かせください。

その時代のドリーの話だけでも、いくらでも出てきそうなだけに。


> でも、大きい試合は東京が多く、東京のプロレスファンが羨ましかったですよ(^_-)b

それでも新日本はリーグ決勝戦などを多く大阪府立でやってましたよね。

全日本の場合は、チャンカーで一度だけでしたか。

あと「大阪でのドリー」となると、最強タッグでのニック&ランザやマスカラス兄弟との公式戦もありましたね。

そして最後の山場がブロディに敗れたインター戦といったところでしょうか。

http://8246.teacup.com/freeres/bbs/174


  • [158]
  • 東京VS大阪?(^^;)

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 1月29日(月)21時08分8秒
  • 返信
 
こんにちは☆
段々、ベルトのテーマから遠のいて行きます・・・。

日本プロレス時代、駅から府立体育館に行くまでに、チンピラヤクザ風の人達が「兄ちゃん、券余ってたら買うで~」と言い寄って来るのが、まだ少年だった私には怖く感じたものでした。
全日本を後楽園ホールとか武道館に見に行った頃は、もうそんな時代ではなかったですね。

坂口征二VSD・F・ジュニアの試合は、何かの事情で行けなかったと思います。
ですから、テレビ観戦でした。
坂口がとても輝いた試合であり、ジュニアは日本人の誰と世界戦をしても、素晴らしい試合を提供してくれますネ。

G・馬場VSD・F・ジュニアは、生観戦しましたよ。
当時の府立体育館は、冬は北極、夏は灼熱のサハラ砂漠が味わえる所でした。
JINさんもご存じでしょうが、テレビでG・馬場が「お母さんの顔が浮かんで、助けてくれ、と心の中で叫んだ」と話していましたね。
プロレス人生で、一番苦しんだ試合だったみたいです。
観客は、真夏の府立の暑さに慣れていますが、テレビ用照明が照り付けるリングは想像を絶するものだったでしょう。

でも、大きい試合は東京が多く、東京のプロレスファンが羨ましかったですよ(^_-)b


  • [157]
  • Re: なぜか、昨日より昔の事は覚えている・・・。

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 1月29日(月)00時08分33秒
  • 返信
 
>>156


> 4年3ヶ月に渡り、全米の各テリトリーのトップレスラーと防衛戦をした実力と貫禄を垣間見た思いです。

オープン選手権はシングルプレイヤーとしてのドリーの集大成という感じですね。

それだけに以後の二年の空白も大きい感じですが。


> 猪木戦は生観戦の印象が強く残っており

現場で見たとは凄いですね。

翌年の馬場とのインター戦や坂口とのNWA戦も現場で見られたんですか。


> 会場に行くまで一杯近づいて来るダフ屋って、怖くなかったですか?

日本武道館で経験がありますが、怖いと思った事は無かったですね。

むしろ邪魔って感じで。

  • [156]
  • なぜか、昨日より昔の事は覚えている・・・。

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 1月28日(日)23時19分34秒
  • 返信
 
こんにちは~♪

何かベルトの話から横道に逸れて、申し訳ございません。
オープン選手権のブッチャー戦は、彼が元NWA世界王者だったというものを、まざまざと天下に見せつけた試合だったと思います。
普段、余りプロレスの話をしない人が、テレビ放映の翌日、私に駆け寄り「昨日の試合は興奮したわ!」と熱く語っていました。

4年3ヶ月に渡り、全米の各テリトリーのトップレスラーと防衛戦をした実力と貫禄を垣間見た思いです。
ブッチャーをブレーンバスターで投げ飛ばし、椅子を振り回して反則負け。
当時のD・F・ジュニアの反則負けは、とても貴重ですネ(^^;)

そして、ホースト・ホフマンと息詰まるレスリングの攻防。
H・レイスでは、こういう展開は望めないかも・・・。

お尋ねの件ですが、G・馬場VSD・F・ジュニアのテレビ放映は覚えていますが、猪木戦は生観戦の印象が強く残っており(NWA世界戦で興奮してました)、テレビ観戦の記憶が残ってないんです・・・。
テレビ放映は欠かさず見ていましたから、見ていたのは間違いないと思います。

経験がお有りと思いますが、会場に行くまで一杯近づいて来るダフ屋って、怖くなかったですか?

  • [155]
  • Re: NWAの良い時代でしたね♪

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 1月28日(日)22時15分21秒
  • 返信
 
>>154

> 立会い人のサム・マソニック会長は、日本のプロレスファンのレベルの高さを認識したと思います。

この時のマソニック会長の来日も「三代王者揃い踏み」に更なる重みを加えた感じですね。

御膝元のキール定期戦も、こうした本格志向が強かったみたいですが。


> 後年、ブッチャー&シーク組やハンセン&ブロディ組との荒っぽい試合の印象が強くなり

そのハシリとしてはオープン選手権でのブッチャーとの公式戦あたりでしょうか。

その次の来日は二年後のオープンタッグでしたが、あるいはこれが一番長い来日ブランクか。


> 猪木戦のチケットを早々にプレイガイドに買いに行った所、「もう二階の後ろしか有りませんよ」と言われ、世間の注目度の高さに驚いた記憶があります。

大阪在住の方なんですか。

この日の試合は大晦日にようやく中継されたそうですが、そちらの方は見られましたでしょうか。

  • [154]
  • NWAの良い時代でしたね♪

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 1月28日(日)18時35分0秒
  • 返信
 
こんにちは☆

ブリスコ戦では、開始から40分程の殆どがグラウンドの攻防にも関わらず、ヤジが飛ぶどころか技の応酬に拍手が湧き、立会い人のサム・マソニック会長は、日本のプロレスファンのレベルの高さを認識したと思います。

後年、ブッチャー&シーク組やハンセン&ブロディ組との荒っぽい試合の印象が強くなり、この様な名勝負を見られなくなったのが残念ですね。

NWA世界戦と言うことで、余談になりますが・・・。
D・F・ジュニアが初来日する前に、「プロレスの世界戦を放映」という記事が、毎日新聞に載りました。
猪木戦のチケットを早々にプレイガイドに買いに行った所、「もう二階の後ろしか有りませんよ」と言われ、世間の注目度の高さに驚いた記憶があります。

  • [153]
  • Re: 最高峰としたら・・・

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 1月28日(日)14時19分10秒
  • 返信
 
>>152

> もし、当時D・F・ジュニアがH・レイスの王座に挑戦する試合が日本で開催されたら、観客はどちらを応援したでしょう。

日本でNWAに挑戦したのはブリスコの時だけでしたね。

レイスの黄金期はテリーのブレイク後と重なるだけに、それ以降は「テリーの兄貴」という位置付けがしばらく続いた印象。

そして久しぶりに脚光を浴びたのが、インター復活後のブロディとの抗争で。

http://8246.teacup.com/freeres/bbs/882


  • [152]
  • 最高峰としたら・・・

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 1月28日(日)10時25分33秒
  • 返信
 
こんにちは☆

確かにH・レイスは、良い試合をして観客を沸かす立派なメインエべンターだったと思います。
もし、彼がジン・キニスキーを破って世界王者になっていたら見る目も違っていたかも知れません。
ただ、間の(?)D・F・ジュニアが素晴らし過ぎた。
優男でありながらラフにも強く、グランドレスリングも難なく出来る。
スーツを着て、他のプロスポーツのトップ選手と並んでも見劣りしない。

もし、当時D・F・ジュニアがH・レイスの王座に挑戦する試合が日本で開催されたら、観客はどちらを応援したでしょう。
そういう想像をするのも、プロレスの楽しみ方の醍醐味ですよね♪

  • [151]
  • Re: 仰る通りです。

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 1月28日(日)00時12分13秒
  • 返信
 
>>150

> 正直、ジュニアからレイスに世界王座が渡った時点で、NWA世界王者の格は落ちたと思います。

レイスの第一次政権はあくまでも急場のピンチヒッターで、本格的なのは、やはりテリーを破った第二次からという感じですね。

第四回チャンカーの特別参加の時点でも、まだ後ほどの貫禄は無かったみたいですし。

(この辺りは現在の安倍首相に近いか。)

それでもそんな第一次政権時代でも、MSGでのサンマルチノとのノンタイトル戦など、結構注目ポイントはあったみたいですが。

  • [150]
  • 仰る通りです。

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 1月27日(土)23時44分30秒
  • 返信
 
こんにちは♪

バーン・ガニアの頃も、NWA・WWWF・WWAに比べて大きかったですね。
ハリー・レイスが、柄パンツでD・F・ジュニアのベルトを締めている画像を見ましたけど・・・。
正直、ジュニアからレイスに世界王座が渡った時点で、NWA世界王者の格は落ちたと思います。


  • [149]
  • Re: 今のベルトはデカ過ぎる(^^;)

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 1月27日(土)00時12分36秒
  • 返信
 
>>148

現在の大型ベルトのハシリはやはりニックのAWAベルトな気がしますね。

末期NWA以降のフレアーのベルトもそれを意識していた感じでしたが。

  • [148]
  • 今のベルトはデカ過ぎる(^^;)

  • 投稿者:しょうまん
  • 投稿日:2018年 1月25日(木)22時19分50秒
  • 返信
 
こんにちは♪

私は、ドリー・ファンク・ジュニア時代のNWAのベルトが一番好きですね。
その次に、インターナショナルタッグベルトです。

大木金太郎のアジアヘビー級に関しては、カール・ハイジンガ―がロサンゼルスで挑戦して負けましたよね。
その時点で、彼が次のシリーズのメーンになれないのが分かり、未知のレスラーのアブドーラ・ザ・ブッチャーが主役に躍り出ました。




  • [147]
  • Re: インターナショナル(ヘビー級)選手権

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2018年 1月 8日(月)15時25分12秒
  • 返信
 
>>12

> インターは日プロのイメージがあるので、格的には一番上という印象

その全盛期のインターの権威の高さという物を最高に実感できた、今回の大晦日特集。

「WWAと日本プロレスリングコミッションが認定する」という部分もポイントでしたね。

宣言を行うのが「一寸先は闇」でも有名な川島自民党副総裁というのも重み満点で。

  • [146]
  • Re: アジア挑戦者の選考基準?

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2017年12月 9日(土)23時13分0秒
  • 返信
 
>>134

> 「WVエリック」

全日本での最初の防衛戦でようやくでしたね。

そこでいきなり王座預かりの決定戦。

(そして決定戦の同じ日に、豪州コンビがオーツ兄弟からアジアタッグを獲得と。)

  • [145]
  • Re: 『対ビル・ドロモ』2連戦!

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2017年 7月14日(金)19時35分47秒
  • 返信
 
>>94

>  … 大木の防衛戦のチャレンジャーベスト3として『Cリソワスキー』『DLジョナサン(於ソウル)』『Bバーナード』が妥当でしょうか?

 やはりクラッシャーの存在が大きい感じですが、その同日に格上のブルーザーのアジアタッグ挑戦が「ダブルメーン第二試合」で行われてるのもポイントですよね。

 その意味でも、やはり「タッグ上位」のアジア王座と。

  • [144]
  • アジアタッグ選手権

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2017年 6月20日(火)11時42分43秒
  • 返信
 
>>35

> 当時の全日の選手の格、陣営などあまり詳しくないんですが、韓国でアジアタッグの復活戦が行われた直後にIWA世界タッグとのダブルタイトル戦が行われていますが、国際との交流戦用に復活させたという側面があるんでしょうか?
> あるいは日プロの芳の里がタイトルを復活させて全日に管理を委託したそうですが、馬場としてはあまり乗り気でなく渋々受諾したとか?

 そもそも新日本が最初に復活提唱したわけで、それに対抗する形で復活した感じですね。

 あるいは新日本が言い出さなければ、現在まで存続するタイトルの復活はなかったか。

 とにかく国際との交流が停止状態になってから、一年以上も防衛戦が行われず期限切れになった事もありましたが、あるいはそのままシングルと同様に自然消滅させるつもりでもあったのか。


  • [143]
  • Re: 『対ビル・ドロモ』2連戦!

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2017年 3月11日(土)14時07分45秒
  • 返信
 
>>94

> 大木の『アジアヘビー』は昭和44年~日本プロレス消滅までコンスタントに防衛戦は組まれましたがテレビ収録は少なかったと思います?

 どれかは忘れましたが、二局放映時代に双方で放送された唯一のタイトルだったみたいですね。

 逆に言えば、それだけ軽かったということか。

  • [142]
  • Re: アジア挑戦者の選考基準?

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2016年11月10日(木)12時42分6秒
  • 返信
 
>>134

> 大木が王者になった翌年から日プロ崩壊までのチャレンジャーを調べましたら、なんと3番手、4番手外人が多いのに驚きです!?

 昨日発売の週プロの流コラムでは、復活決定戦について触れてましたが、オースチンについては自分で渡米してブッキングしたとありましたね。

 「日プロを介してはロクな相手を送ってこないから」だというのも傑作でしたが。

  • [141]
  • Re: 『覆面世界一決定戦』出場ノミネートベスト10!?

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2016年 9月19日(月)20時09分3秒
  • 返信
 
>>127

>⑨ジ・アベンジャー

モロウスキーが亡くなりましたよね。

この十番勝負の参加者の存命もあと僅かで。

  • [140]
  • AWA中西部地区USタッグ選手権

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2016年 4月 9日(土)13時08分56秒
  • 返信
 
>>51

> …「ストロング小林」が欧州修行から凱旋帰国後にナニも無かった如く消え去った国際お手盛りタイトルでした…

 これも国際おお手盛りタイトルの一つみたいですが、とにかく特筆は王者が「ブロンド・ボンバーズ(ハリウッド・ブロンドス)」で、挑戦者が小林&浜口という点。

 あるいはこれが浜口の初タイトル戦か。

  • [139]
  • Re: 『大木対ギルバート』がベストでした!?

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2016年 2月24日(水)20時32分24秒
  • 返信
 
>>132

 今日発売の週プロで大木vsメイナードをピックアップ。

 対戦の理由としては「ヘッドバット対決」を意識してかとか。

  • [138]
  • NWAノースアメリカン(北米)タッグ選手権

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2016年 1月 3日(日)13時55分32秒
  • 返信
 
>>22

 プロレス事件史シリーズ最新号で「UN」「IWGP」と並ぶ形で紹介。

 とにかく最大の鍵は坂口と。

  • [137]
  • Re: WWWF(WWF)ジュニアヘビー級選手権

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2015年12月22日(火)23時38分12秒
  • 返信
 
>>2

> 藤波王座時代は、国内のみならず、定期的にNYやロスで防衛戦を行い、世界に羽ばたく飛龍のイメージでした。

 プロレス事件史シリーズで一連の海外防衛戦を完全網羅。

 まさに当時の「新間戦略」には脱帽です。

  • [136]
  • Re: 『大木対ギルバート』がベストでした!?

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2015年11月21日(土)09時54分39秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>132

 プロレス事件史シリーズで知りましたが、このカードとしてはノンタイトルでありながら、あのBI砲vsマスカラス&アリオンの行われた、蔵前大会のセミでやってたんですね。

 この日は国際との「山の手下町の興行合戦」でもあったわけですが、インタータッグ一本で勝負して見せた、当時の日プロの強さがまざまざという感じ。

 ただしもしもアジアヘビー戦だったなら、結局は実現せずに終わった「蔵前でのアジアヘビー防衛戦」にもなっただけに、そこも惜しいですが。

  • [135]
  • Re: アジア挑戦者の選考基準?

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2015年 9月 5日(土)12時32分49秒
  • 返信
 
>>134

> (「G馬場」にはエース外人、「A猪木」には2番手、「大木」には3番手以下の法則でしょうか?)

 アジアタッグの常連たる吉村を考えれば、もっと下がるかもですね。

 とにかくタッグ返上後の大木の処遇はほとんど「名誉」の域で、ある意味で全日本初期のアジアタッグの前身かも。

  • [134]
  • アジア挑戦者の選考基準?

  • 投稿者:ドゲンドルフ
  • 投稿日:2015年 8月28日(金)23時23分4秒
  • 返信
 
大木が王者になった翌年から日プロ崩壊までのチャレンジャーを調べましたら、なんと3番手、4番手外人が多いのに驚きです!? 「ジョナサン(於ソウル)」「リソワスキー」「イヤウケア(於ソウル)」なんか異例中の異例でしたね! A猪木の「UN」が設立後なら未しも、責めて準エース級を宛がうプランは無かったのでしょうか?(「G馬場」にはエース外人、「A猪木」には2番手、「大木」には3番手以下の法則でしょうか?) ですから「ホッジ」「マーフィ」「レイス」「Tファンク」「WVエリック」「マスカラス(これはミスマッチの感が!?)」「Dサベージ」「Vリベラ」「スポイラー」等がまるでスルーされていますから?…その弊害からか「ジン・アンダーソン」「Mミラノ」「Jハミルトン」との期待感薄いカードが各々2度も組まれていました?

  • [133]
  • Re: 『大木対ギルバート』がベストでした!?

  • 投稿者:JIN
  • 投稿日:2015年 8月23日(日)13時08分18秒
  • 返信
 
>>132

>  「ダグ・ギルバート」は入れ替えに「大木」の『アジアヘビー』に挑戦していたらグレードの高いモノになっていたのでは?

 アジアヘビーも使い様でもう少しの典型ですよね。

 一番注目を浴びたのは、やはりミスター・レスリング戦か。


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