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佐々木健介vs川田利明

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 9日(金)22時28分59秒
返信・引用 編集済
  > No.1494[元記事へ]

ちょうど二十年前の今日、2000年10月9日東京ドームで行われた、シングルマッチ。


当時における新日本と全日本の対抗戦の頂点試合。

とにかくドームの巨大空間を意識したかのような、川田のジャンピングハイキックの連打が最大の見物。

そして新日本の興行にも関わらず、川田の勝利後に響いた「全日本」コールも思い出に。
 
 

上田馬之助vsラリー・オーディ

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 9日(金)22時10分39秒
返信・引用
  > No.8921[元記事へ]

四十七年前の今日、1973年10月9日蔵前国技館で行われた、シングルマッチ。


上田の全日本第一次参戦期最終試合。

この三年後ようやく国際で足掛かりを作り、新日本でシンと組み、最終八年後に同じ会場の記念興行のメインを張るまでの道程もまさにドラマか。


 

アントニオ猪木vsレッド・ピンパネール

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 9日(金)22時03分22秒
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  > No.9754[元記事へ]

四十八年前の今日、1972年10月9日広島県立体育館で行われた、世界ヘビー級選手権試合。


いわゆるゴッチベルトの猪木の唯一の防衛成功試合。

この試合に選ばれたピンパネールへの評価もさりながら、この時期から「新日本の広島」が始まっていたというのも印象深い。
 

ゼウス&イザナギvsフランシスコ・アキラ&ライジングHAYATO

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 8日(木)21時19分31秒
返信・引用 編集済
  > No.9756[元記事へ]

今月24日の後楽園大会で行われる予定の、アジアタッグ選手権試合。


とにかく一番の注目は、なんといっても1979年のエリック兄弟(合計四十二歳)を四十年以上ぶりに更新する、歴代最年少挑戦者記録(合計四十一歳)の達成という点。


またその前の大阪でゼウスが三冠奪取して防衛すれば、史上初の「三冠王者のアジアタッグ防衛成功」にもなるだけに、その意味でも注目。

 

前田明vsティム・トール・トゥリー

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 8日(木)21時04分18秒
返信・引用
  > No.1073[元記事へ]

三十九年前の今日、1981年10月8日蔵前国技館で行われた、シングルマッチ。


新日本と国際の対抗戦の行われた日の、第三試合。

まさかここで敗れた前田が、僅か一年半後にああなるとは誰も想像出来なかったはずと。
 

ジャイアント馬場&鶴田友美vsドリー・ファンク・ジュニア&ラリー・オーディ

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 8日(木)20時53分19秒
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  > No.293[元記事へ]

四十七年前の今日、1973年10月8日高崎市体育館で行われた、タッグマッチ。


鶴田の国内第二戦にして、馬場との師弟コンビの初結成試合。

当然に翌日のインタータッグの前哨戦で、ドリーと馬場が取り合った後、最後の三本目で鶴田がオーディをフォール。
 

ラッシャー木村vsドクター・デス

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 8日(木)20時43分4秒
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  > No.7809[元記事へ]

ちょうど五十年前の今日、1970年10月8日大阪府立体育会館で行われた、金網デスマッチ。


これこそ史上初の日本における金網デスマッチ。

これについては様々に触れられて、更なる説明は不要とも言えそうですが、この同じ日が木村にとって十一年後の猪木との初対戦となるのも興味深いところで。
 

ブルーザー・ブロディvsジャンボ鶴田

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 7日(水)21時02分47秒
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  > No.5395[元記事へ]

三十八年前の今日、1982年10月7日大阪府立体育会館で行われた、インターナショナルヘビー級選手権試合。


前年の復活以来、実に一年半も外人の間だけで行われていた日本でのインター戦にようやく日本人がチャレンジ。

以後の挑戦回数こそ多いものの、この時点では鶴田が一年以内に巻けるとは予想してませんでした。
 

阿修羅原&大仁田厚vsチャボ・ゲレロ&ジプシー・ジョー

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 7日(水)20時56分12秒
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  > No.8202[元記事へ]

三十八年前の今日、1982年10月7日大阪府立体育会館で行われた、タッグマッチ。


当然、このシリーズの大仁田とチャボのインタージュニア決定戦三番勝負の一環として行われた一戦。

そこに国際以来の原とジョーの対戦も絡めるのが凄い。

そして翌年にはジョーもインタージュニアに挑戦で。

 

ブルーノ・サンマルチノvsブルーザー・ブロディ

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 7日(水)20時49分4秒
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  > No.1968[元記事へ]

三十九年前の今日、1981年10月7日横浜文化体育館で行われた、シングルマッチ。


フレアーvsテリーのNWA世界戦の行われた日に行われた、もう一つのビッグマッチ。

かつてMSGで行われたビッグマッチが日本でも行われていたというのも凄い。

そしてあるいは唯一のサンマルチノの文体登場か。
 

ルー・テーズvs力道山

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 7日(水)20時04分28秒
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  > No.9610[元記事へ]

実に六十三年前の今日、1957年10月7日後楽園球場で行われた、NWA世界ヘビー級選手権試合。


日本で初めて行われたNWA世界戦にして、草創期の日本プロレス界最大のハイライトと言える一戦。

このカードを日本で実現させるために、NWA内部でも様々な問題が起こり、後の複数団体時代に突入していったというのも驚きでしたが。
 

ジャンボ鶴田vs天龍源一郎

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 6日(火)23時30分55秒
返信・引用 編集済
  > No.9703[元記事へ]

三十三年前の今日、1987年10月6日日本武道館で行われた、シングルマッチ。


八月に続く、鶴龍対決第二章。

当然に鶴田の雪辱に期待するも、なんと今度は反則負け。

そして一番のインパクトは、やはり試合後のブロディの大乱入。

https://8246.teacup.com/freeres/bbs/9124

 

ジャイアント馬場&輪島大士&ジョン・テンタvsタイガー・ジェット・シン&ラッシャー木村&鶴見五郎

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 6日(火)23時18分4秒
返信・引用 編集済
  > No.9518[元記事へ]

三十三年前の今日、1987年10月6日日本武道館で行われた、六人タッグマッチ。


全日本復帰直後にして武道館初登場となる、ブロディの試合を押さえて当日のセミとなった一戦。

この時点で既にブッチャー復帰も報じられていただけに、シンの扱いも注目されていた印象。

また鶴見にとって唯一の武道館セミ登場にもなっただけに、その意味でも注目。
 

松岡厳鉄vs羽田光男

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 6日(火)23時05分52秒
返信・引用
  > No.1257[元記事へ]

四十七年前の今日、1973年10月6日後楽園ホールで行われた、シングルマッチ。


鶴田の国内デビュー戦の行われた興行の第一試合。

この時点ではまだアジアタッグ王者であるとも言える、松岡に対してこの扱い。

そしてこれが松岡最後の後楽園出場ともなる。

https://8246.teacup.com/freeres/bbs/9123

 

ジャイアント馬場&吉村道明vsフリッツ・フォン・ゲーリング&マイク・パドーシス

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 6日(火)19時35分24秒
返信・引用 編集済
  > No.35[元記事へ]

五十四年前の今日、1966年10月6日広島県立体育館で行われた、アジアタッグ選手権試合。


インタータッグも賭けた三番勝負の第二戦で、今回はインタータッグ王者がアジアタッグに挑戦。

これが現在まで唯一の「上位タッグ王者のアジアタッグへの一方挑戦」。


試合は馬場が最初の二本を取られ取った後、吉村のフォローでリングアウト勝ちに。
 

宮原健斗vsゼウス

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 6日(火)19時32分28秒
返信・引用 編集済
  > No.9344[元記事へ]

昨日、2020年10月5日後楽園ホールで行われた、チャンピオンカーニバル優勝決定戦。


かつて宮原が三冠を初奪取した時のカードであるが、今回はその二連覇を阻止してゼウスが初優勝。


そして今回の意義は、二年連続の決勝進出に続き、史上初の(実質的な)「アジアタッグ王者のチャンカー優勝」。

実は十一年前に鈴木が果たしているも、この時は世界タッグ王者も兼ねていたため、純然たる「アジアタッグ王者のチャンカー優勝」は今回が初といえる。


次の府立第二では諏訪魔の三冠への挑戦が決定のようですが、実に浜以来、十年ぶりの「アジアタッグ王者の三冠奪取」が成るかも注目。


 

ジャイアント馬場vs大木金太郎

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 5日(月)22時47分4秒
返信・引用 編集済
  > No.2081[元記事へ]

四十三年前の今日、1977年10月5日大阪府立体育会館で行われた、PWF&アジア両ヘビー級選手権試合。


ノンタイトルでの対決から二年で、初のタイトルマッチ。

大木としてはインターを賭けたいところだったろうが、とにかく互いに相手のタイトルに初挑戦。

昔の古書店で読んだ時、激怒した馬場が試合後に大木の控室に押し掛けたというのも印象に。
 

カール・ゴッチvsアントニオ猪木

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 5日(月)22時43分53秒
返信・引用
  > No.5768[元記事へ]

四十八年前の昨日、1972年10月4日蔵前国技館で行われた、世界ヘビー級選手権試合。


新日本初の蔵前大会にして初のテレビマッチ。

最近紹介された記事によれば、翌週の大阪でのリターンマッチを合わせて、全日本の旗揚げを挟撃する形になっていたというのが興味深い。
 

ジャイアント馬場vsブルーザー・ブロディ

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 3日(土)21時25分33秒
返信・引用 編集済
  > No.1436[元記事へ]

三十九年前の今日、1981年10月3日富山市体育館で行われた、PWFヘビー級選手権試合。


前年1月の諏訪に続く、同カードのPWF戦。

特筆はそれぞれの決まり手で、一本目がブロディのアトミックドロップで、二本目が馬場のアトミックボムズウェーというのも興味深い。
 

天龍源一郎vs阿修羅原

 投稿者:JIN  投稿日:2020年10月 2日(金)23時40分30秒
返信・引用 編集済
  > No.1935[元記事へ]

三十九年前の今日、1981年10月2日後楽園ホールで行われた、シングルマッチ。


記念すべき原の全日本ファーストマッチ。

その後の紆余曲折はあるも、まさに真の伝説はここより始まるといった感じ。
 

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